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calendar_today15-08-2013 02:38:56

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やがて魚は力をとりもどしはじめ、私の手を離れて、よろよろと消えていくのだった。 「さようなら」 私がつぶやく。 「賢くなるんだぞ。二度とかかっちゃいけないよ。ずるくて利口になるんだぞ」 私がぶつぶついってると、パーキンソン君と、写真をとっていた秋元啓一が、声をたてて笑った。

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文学はファッション・ショウじゃない。古いも新しいもない。進歩も退歩もない。わかりきったことじゃないか。

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起きよ、めざめよ。海はひらく。私はフトンを蹴ってたち、部屋を出たり入ったりし、歯をみがき、顔を洗う。そしてさいごにバグに手をつっこんでみたら、ウォルトン卿も指摘しなかったあの秘薬がない。てっきり入れたと思ったはずなのに、ない。ヘヤートニックが、ない。

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白ぶどう酒の最後の瓶をグラスにかたむけ、よく冷えた淡泊を歯ぐきから舌へまわすようにして味わいつつ流すのである。この味わいかたのことを、“酒を噛む”という。酒は噛んで味わわなければいけないのである。

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一口に水といってもいろいろあるけれども、一番うまいのは、これはもう山の水にとどめをさす。岩清水である。できたばかりの水である。

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爛熟しきった西欧の文学作品に首まで浸って私はゆさぶられつづけていたのだが、そして、日本が戦争に勝てるなどとは頭から信じていないのに、同時に、もし命令が下されたらナチスの少年親衛隊のように地雷を抱いてパットン戦車のキャタピラのしたへとびこんで玉砕しようと思いつめてもいた。

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魚釣りのすべては最初の一匹にある。一匹釣ったらそれでいいのだ。魚の大小にかかわらず最初の一匹に全容があるのだ。その戦慄も、その忘我も。

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文学はファッション・ショウじゃない。古いも新しいもない。進歩も退歩もない。わかりきったことじゃないか。

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悦楽には、真の悦楽には剛健の気配がどこかになくてはいけない。ここが大事なところである。悦楽はそれに溺れらせきらさない何事かとの争いのなかにかろうじて汲みとれる一滴なのであるから、ホイホイぬくぬくしていては、イケないのである。

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ここにこうしてすわってぶどう酒をすすっていると、私は輝かしく気化してしまって、おぼろなのに充実し、愉しく、また、あてどない。

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『罪と罰」の説くところによると犯罪者はかならず現場へもどるそうである。それとおなじで、釣師はかならず一度釣れた場所へもどる。

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ところでまた、「魚釣りとは竿の先に糸がついていてそのはしに魚がおり、もう一方の竿の端にバカがいる状態である」、という意味の諺もある。川に刺さった棒と化しきった私の姿を遠くから見たら世にも稀れな静謐の結晶とも、バカのかぎりとも映るであろう。

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短篇とはなにかという問いに対して、「瞬間の人生である」という定義のしかたがある。短篇は“切り口”でみせなきゃならない。ヘミングウェイの短篇は一言一句ゆるぎなく鮮烈で、長い、煩わしい、暑い、汗みどろの夏の午後の果てに、氷のように肌を刺す冷たいシャワーを頭から浴びたような感じがした。

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つたえられにくいすべての経験のなかでもとりわけ“戦争”ぐらいつたえられにくいものはないのではないかと思われる。一度爪を肩にたてられたら一生それにかかずらわることになる。

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都会生れで都会育ちの人間のことを“シティ・ボーイ”と呼ぶそうである。私はさまざまなことでシティ・ボーイである。ところが、アラスカの荒野の川でキング・サーモンを釣ってからパリへいってみると、あの都が、ふいに一変してしまって、“華麗な肥溜め”としか感じられなくなったということがある。

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日本人や欧米人の場合は、人間の目が高いところにあって、それがペットを見下ろして、餌をやってる。ところがベトナム人やインディオの場合は、食うや食わずの中で餌をやっているんですが、彼等はオウムならオウムの目と飼い主の目が同じ高さにあるという、そういう飼い方をしていたね。

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悦楽には、真の悦楽には剛健の気配がどこかになくてはいけない。ここが大事なところである。悦楽はそれに溺れらせきらさない何事かとの争いのなかにかろうじて汲みとれる一滴なのであるから、ホイホイぬくぬくしていては、イケないのである。