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佐藤正美

@satou_masami

情報システム・コンサルタント(事業解析、データベース設計)。[ 趣味 ] クラシック音楽鑑賞、歌謡曲(1960年代・1970年代)、読書(文学、哲学、数学)、登山とトレッキング。「日本科学哲学会」会員。

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linkhttp://www.sdi-net.co.jp/ calendar_today18-03-2011 11:18:39

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「画を見る為に、人々は、めいめいの喜びも悲しみを捨ててかかる必要はない。各自が各自の個性を通し、異った仕方で一枚の画に共感し、われ知らず生き生きとした自信に満ちた心の状態を創り出す。そういう心は、互にどんなに異っていようが、友を呼び合うものです」(小林秀雄、「私の人生観」)。

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小林秀雄氏のこの文は、「芸術の存在性」を端的に表しているのではないかしら? 一枚の画(彫刻、詩、小説、音楽など)を観て(聴いて)おのおのの人がそれぞれ感情を揺さぶられ、その感情が互いに異なっていようが、その作品を共感する──そういう感情が存るかぎり、芸術は存在し続けるでしょうね。

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そして、作品を観て [ 聴いて ]、そういう感情を いったん 体験したら、それ以前の状態には もう戻れない、二度と素(元)の白地になることはない。

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作家になる努力もしないで、文学が ただ好きだった「文学青年」の行く末なんて惨めなものです。でも、いったん、文学に取り憑かれたら、それ以前の状態には戻れない。(「文学青年」の)惨めさを知って、諦められるものではない。二度と素(もと)の白地になることはない。

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私は、そういう状態が今(70才)に至るまで続いています。そして、私は、今、ドストエフスキーの次の ことば を噛みしめています──「美、それはじつに恐ろしいものだ。それが恐ろしいのは規定することができないからである」。

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「自分自身と和する事の出来ぬ心が、どうして他人と和する事が出来ようか。そういう心は、同じて乱をなすより他に行く道がない」(小林秀雄、「私の人生観」)。

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自我が目覚める青年期には、たいがいの人は こういう状態を体験しているのではないか。とりわけ「文学青年」は、こういう意識が著しいのではないか──私は、高校生になった頃から こういう状態が著しかった。

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大学生の時には、学生運動が盛んだったので、大学はしばしばロックアウトされて、富山県から上京して下宿していた私は、三畳一間の部屋に閉じこもって文学書・哲学書を読み漁っていて、自分自身と和することもできず、他人と和することもできず、憤懣やるかたない状態がいっそう拍車がかかった。

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大学院(修士課程)を修了して就職したけれど、いったん「文学青年」気質にそまってしまうと、なかなか 素(もと)の白地になることは難しい。「そういう心は、同じて乱をなすより他に行く道がない」。

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30才すぎになるまで、私は、自分のやりたいことを掴めないまま、私の眼に写る社会生活が下衆(げす)いとしか思われず、社会生活になじめず、転職と無職をくり返していました。どこかで折りあいをつけなければならないとは思っていたのですが、当時の私には社会生活が低俗な茶番劇にしか見えなかった。

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「文学青年」ごときは、作品を創る訳でもなく──したがって、文学を職業にして、作品を創る苦しみや愉しみを味わうこともなく──、文学の愛好家にすぎない。

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私の生活が大きく変わったのは、30才すぎに A 社に転職して、リレーショナル・データベースを日本に導入普及する仕事に就いてからです。

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当時、私は、社長の庇護のもとで、自由気ままに仕事をさせてもらった──「自由気まま」という意味は、勿論、「放縦に流れる」ということではない、私は自己管理をしながら仕事を着実に進めていました。

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会社には一ヶ月に数回ほどしか出社しなくて家に籠もって (昼夜逆転の生活をしながら)自分を ただただ仕事に打ち込んだ──当時(1980年代前半)はテレワークなどなくて、私が出社しない状態というのは他の人たちから見れば「怠けている(欠勤している)」としか見えなかったでしょう www

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でも、私は、怠けたことは一度もない、仕事に専念していました(というか、日本に先例のない RDB を導入・普及するのだから先達もいなかった)、いきおい独りで──独りというのは大げさな言いかたであって、私を支えてくれた人たちもいました── RDB の使いかたを考えなければならなかった。

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そして、その仕事の延長線上でモデル論の学習へと進むことになった次第です。この仕事に就いたことは、私の今までの生活を一変しました。この仕事に就いて、私は 自ら 意欲して計画して実践して、そして実績を積んでいくことを体験しました。

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特に、T字形ER法と その進化形の TM を創ったことは、「文学青年」として味わうことのできなかった創造の苦しみ・悦びを私にもたらしてくれた。

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T字形ER法(TM の前身)をつくっている途上、私は 自らの仕事が なにかの代用(疑似体験)ではないかという思いを 13年前に綴ったことがあったけれど、今にして思えば、「文学青年」が夢見ていた作家の仕事の代用であることを疑っていたようです。

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勿論、今は そう思っていない──モデル論の学習研究は、それはそれで私に創造の苦しみ・悦びを与えてくれて、私の生活のほとんど(40才から今 [ 70才 ] に至るまで)を費やしてきました。

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「同じて乱をなすより他に行く道がない」と思っていた「文学青年」が ついには そういう道を選んで辿った、という次第です。自分の精神(知・情・意)は自分で制御するしかない。自分で自分を整えるしかない。