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calendar_today20-05-2024 15:42:10

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観光に行ったり、普段行かないような場所に行ったら、その町の「生活者」の視点も大事にする。観光客としては新鮮でも、生活者としてみると町の認識がかなり変わることがある。その町の忖度のない視点は、実際に暮らす方々を想定することから始まるのかもしれない。

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酒に酔って苦しんでる人が駅にいたら、水を買って差し出すくらいの優しさがあった方が、自己の成長につながるかもしれない。そして「余計なことをするな」と酔ってる人から言われたとしても、「ありがとう」と静かに思えたら、もはや達観の領域だと思う。

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「約束はしたけど、約束を守る約束はしていない」という文章がある。この文章が通るのは、たとえば脅されて無理やり「約束」させられた場合等に限られる。一方で、約束はそもそも守ることが前提になってるので、「守る約束はしていない」と反論するのは無理があると考える人もいるだろう。

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昼間は明るいので、肉眼で星を見ることがほとんどできないが、昼間でも夜と同じように星は広がっている。金子みすゞの詩「星とたんぽぽ」のメッセージも同じだと思う。「見えないけど存在する」ものを発見したとき、まずは自分の心のなかで、静かに砕ける詩ができるのかもしれない。

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古川竹二が「血液型気質相関説」を唱えたのが1927年。現在も、血液型で人を判断する人が多い。ただ、実際のところ「血液型と性格」なんて信じていないが、話のネタとして盛り上がるので「利用」しているだけというパターンもよくある。結局、現在の彼の影響力は「仮」でよくわからない。

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何かを暗記したいとき「場所法」を使い、効率性を重視することがある。ただ、場所にも限りがあるので、Googleストリートビューのスクショで場所のストックを増やしている。また、多くの思考・発想ファクターを場所法で覚え、最終的には脳内でそれらを編集し、創造性の発火に繋ぐ起点を作ることも可能。

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経営学の一部で、暗黙知を形式知に変換する技術がある。ただ、全ての暗黙知を形式知に変換するのは実際は不可能。最近の「言語化」の流行は、どちらかと言えば、ビジネスの文脈で自分の考えをうまく言語に変える技術(啓発)の話で、ポランニーが定義する「暗黙知」の言語化ではない気がする。

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相手の心を読むマジックは、古典的にはコールドリーディングなど様々な手法がある。ところが、最近のそれ系は古典的手法を超えて、「ブレインテック(Brain Technology)」の匂いがする。脳波の読み取りによる「心読み」で、BMI(Brain Machine Interface)の応用などが思いつく。ただ、あくまで仮説。

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家にある本をNDC(日本十進分類法)で整理しているが、脳内の「編集知」と家の本棚を連携させたい気持ちがある。蜘蛛の巣を本棚に張り巡らせ、NDCから少し離れて様々な連想・アナロジーで見立てて「遊ぶ」こと。松岡正剛氏の「編集工学」を静かにめくる。編集工学は永遠に。ご冥福をお祈りします。

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辞書は正しいのか。例えば「終わりは始まり」とはどの辞書にも書いていない。もちろん、「終わり」は往々にして「新しい始まり」の意味を含む。とはいえ、辞書が間違っているわけではない。辞書に書いていない定義を発見・創造することが課題であり、その「課題」の定義は辞書にしっかり書いてある。