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北村兼子_名言bot

@kitamurakaneko

北村兼子。1903年生、27歳で急逝。大正末期~昭和初期、女性の参政権獲得に向け筆を振るった天才的ジャーナリスト。彼女の文章は論理明快、現代の私達を鋭く撃ってきます。参考文献:大谷渡『北村兼子 炎のジャーナリスト』1999年 東方出版/『北村兼子著作集』近代デジタルライブラリー ※旧仮名遣いを現代に改めて載せています

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calendar_today28-02-2015 11:04:15

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(7)語学を志したが段々、毛唐じみてくる友を見ているといやになる。クリスマスがどうの、復活祭がどうのでお正月を忘れかけたので旗を巻いた。英語でなくて酔い語で通弁や会話で渡ろうとは思わぬ。私は蓄音機にはなれないと思った。 (続く)1926年2月『ひげ』198p”法律を学ぶ私”改善社

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(8)洋服を着ればクリスチャンかと問われる。宗教によらなければ生きて行けない様な女と見られるのが心外である。見損くなってもれいますめいと舌を巻きたくなる。 (続く)1926年2月『ひげ』198p”法律を学ぶ私”改善社

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(9)私はそんな、基督は斯う言われた、釈迦はこうされたという様な事を、如何にも口授でも受けたのかの様な受売りだの、安っぽい感情の押売りはようせぬ。基督も釈迦も天理王の何とか婆も私の目から見て優劣はない。 (続く)1926年2月『ひげ』198p”法律を学ぶ私”改善社

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(10)私は自己を信ず。そして過去を探らぬ。未来を追わぬ享楽と慰安とは現在に求めて十分である。然し私はデカダンで言っているのではない私の心は些の退廃も許さぬ。 (続く)1926年2月『ひげ』198-199p”法律を学ぶ私”改善社

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(11)上すべりのした社会の表面に浮いて暮したい人達が相集って、所謂宗教の化物がヤレ何会とか、慈善市とかで東奔西走している。会費とかで少なからぬ負担を、シブシブ財布の底をはたいて(名前を出してくれるが為めに会費を出したがっている篤志家も例外としてはある)(続)『ひげ』法律を学ぶ私

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(12)さて嬉々として白粉と衣服の共進会に出席し、議事とか何とか大きな事で、終始時間を空費して家庭を顧みぬ。子供の事など超越し、美しい装を見てもらう事によって徹底的の自己満足を得、お天気は好いですね位の会合を強いて意義あらしむるよう、各自の心に勝手な解釈を植つけて帰る。『ひげ』

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(13)結局は幹部二三人の脳味噌の割出しで原案可決となり衆愚政治の小さな模型を作る。たまに自己を主張する人はあっても、マアマアで有耶無耶になり、何回かの洗練の結果、都合よく去勢される。 (続く)1926年2月『ひげ』199p”法律を学ぶ私”改善社

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(14)婦人参政権獲得運動も一種の売名策として取扱われている間は前途は長い。私は擽ぐったい気になって真正面からとても凝視出来ぬ。民法も知らず、憲法もしらずして如何して政治に参与されよう。 (続く)1926年2月『ひげ』199p”法律を学ぶ私”改善社

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(15)法治国に生れたものが、国法を知らずに盲動する程、大胆なものはない。ヒステリーの興奮では政治は出来ぬぞよと、大本教式に一喝してやりたい。養われていながら男女同権を夫に迫るより以上に、事が大きい丈に晴がましい。 (続く)1926年2月『ひげ』200p”法律を学ぶ私”改善社

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(16)枝の柿に飛びついて食おうとする前に梯子が必要である。人形の家が建ったところで、中に入れる人間は矢張り木偶の坊だ象牙の塔から象牙の塔へ入れるので無意味の移転ではなかろうか。 (続く)1926年2月『ひげ』200p”法律を学ぶ私”改善社

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(17)女性自らが目覚めて歩調が定まれば、南船北馬、腰弁当で頭を下げて頼み廻らなくても選挙権位は呉れるし、又た発言権も得られる。木に縁って魚を求めるより退いて網を結ぶにしかずと云う。 (続く)1926年2月『ひげ』200p”法律を学ぶ私”改善社

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(18)これが私の法律を学ぶ振出しで、目下骸子をコロがして折角道中の行きつ戻りつで、何時上るかは問題にして、してはいない、併し私は今進みつつある事に就ての懐疑は可成に根深いものである。だが何年かの後には必ず役立つものである事を信じている。(続く)1926年2月『ひげ』法律を学ぶ私

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(19)女性と感情は引き離せないものと相場が定まっている中に、独り第三者として判断して行ける私の当然の帰着点として、大方の婦人の行く紋切型の道筋たる宗教や文学から法律に右へ廻れをやったに過ぎぬ。 (続く)1926年2月『ひげ』200p”法律を学ぶ私”改善社

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(20)六法全書なんか見ると頭がカチカチになりましょうと人が言う。堕落する人は境遇によらず堕落するように法律を読んで変にコジれるような人はやらなくても脇へそれる世の中に味のないものはない。 (続く)1926年2月『ひげ』203p”法律を学ぶ私”改善社

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(21)法は日常生活の様式を文字に映写したものでこれを活動せしめると甚だ面白い。それは吾々の進むべき軌道で甚だ辷り心地のよいものである。何人も法を無視して行動することは出来ぬ。新しい人は構わぬと言おうが原始時代でも不文の法律は在ったので、それがスクリーンに映ったに過ぎぬ~『ひげ』

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(22)何も算盤や鍬を措いて六法を読めとは言わぬ。然し法律を特別のものとして異端視するには及ぶまいと思う。殊に婦人には婦人の天分がある。天分のない多くの人が天分のある極少数の人の具に供せられることは有難迷惑であるに違いない。 (続く)1926年2月『ひげ』法律を学ぶ私”改善社

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(23)多くの人は法律の妙味を知らないで、唯頭を堅く干枯びさして仕舞うものときめているようで女子は言わずもがなである。若し、法の精神をとり入れた日常生活を営むときは如何に過去の相違に思い当る事であろう。 (続く)1926年2月『ひげ』203p”法律を学ぶ私”改善社

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(24)法律は人の作ったものであるから人を離れては、法がない筈であるが、現在の法は余りに超人的で世間と交渉が薄いと思う。特に女性とは間隔が多い。私は家庭に法律を取入れて見たいと思う。 (続く)1926年2月『ひげ』203p”法律を学ぶ私”改善社

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(25)それは夢想だと片付けてはいけない。法文が口語体に書き直される時分には、必ず此機運が到着するものと思う。滾々として尽きぬ泉、それこそわが日常生活を規律づける法の賜物でなくて何であろう。 (続く)1926年2月『ひげ』204p”法律を学ぶ私”改善社

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(26)未だ系統だって法律を修むるものなき吾邦に於て、私がやりかけたのは何も奇を衒ってではない。法律は私の得手ではないが併し国保艱難内外多事の秋に私を家庭にあらしめて火吹竹を吹きながら、入超に悲憤したり、~(続く)1926年2月『ひげ』204p”法律を学ぶ私”改善社