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L.D.トロツキーのボットです。トロツキーの著作から引用しています。 twilog.org/trotskybot

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calendar_today23-10-2011 11:27:34

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日本は、その偉大な模倣能力の点できわだっている。これは、何か自然の特別な贈り物でもなければ、民族的特徴でもない。それは、他の国よりも遅れて世界発展の道に参入した民族の特徴であり、そうした民族は、他の国に追いつくために飛躍することを余儀なくされている。(日本における労働者階級の展望

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誰も足を踏み入れたことのない雪原の中を、エゾマツの林を縫い、野生動物の足跡を追いながら進む、実にすばらしい旅だった。トナカイたちは、舌を横から垂らし、間断なく「シュ、シュ、シュ」と呼吸音を立てながら、元気いっぱいに走り続けた・・・。(わが生涯)

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貴族文化がツァーリ、ポグローム、ナガーイカというような野蛮なことばを世界に通用するものにしたとすれば、十月革命はボリシェヴィキ、ソヴェト、ピャチレートカというようなことばを国際化した。それだけでもプロレタリア革命は正当化される。(ロシア革命史)

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日本で強力な革命的ストライキ運動が展開され、約200万人の労働者が「米と平和!」というスローガンのもとに参加した。これはまさにわれわれのスローガンであったものである。ただ違うのは、われわれの「パン」の代わりに、日本の「米」がきていることである。(日本における労働者階級の展望)

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現実に矛盾した慰めの理論は宗教の領域に属するものであって科学ではない。(レーニン死後の第三インターナショナル)

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事なかれ主義者、中間主義者、ディレッタントは、敗北に驚愕し、革命的伝統の権威を破壊しようとし、「新しい言葉」の探求の名のもとに、はるか後方へと逆戻りする。(スターリズムとボリシェヴィズム)

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私は、自分の生涯がけっしてありふれたものではなかったことを否定できない。しかしながら、その理由は、私個人によりもむしろ時代状況に求められるべきである。(わが生涯)

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資本主義とは反対に、社会主義は自動的ではなく、意識的に建設される。(労働者国家、テルミドール、ボナパルチズム)

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クルプスカヤ自身がいったように、レーニンは死んだおかげで官僚の弾圧をまぬがれた。彼を投獄する機会を失ったエピゴーネンたちは、彼を霊廟に閉じ込めた。(労働者国家、テルミドール、ボナパルチズム)

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テルミドール九日の転覆は、ブルジョア革命の基本的獲得物を一掃しはしなかった。だがそれは権力を、いっそう穏健で保守的なジャコバン、ブルジョア社会のいっそう裕福な分子の手に移した。(労働者国家、テルミドール、ボナパルチズム

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ブルジョア体制という条件下での政治的権利と自由に対するすべての抑圧は、たとえ最初にそれが誰に向けられたものであろうとも、最後には必然的に労働者階級、とりわけその先進部分にのしかってくる。これは歴史の法則である。(私がダイズ委員会に出頭した理由)

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放射能の諸現象は、原子内のエネルギーの解放という問題にわれわれを連れていく。原子は、全一的なものとして、強力な隠されたエネルギーによって保たれているのであり、物理学の最大の課題は、このエネルギーを汲み出し、隠されているエネルギーが泉のように噴出するように、途を開くことにある。

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一方の極には中傷屋と妬み屋のグループ。反対の極には、裏表のない勇敢な少年たち。そしてその中間には、中立的で動揺的で優柔不断な大多数の連中。(わが生涯)

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ゴーリキーは、誠実な、そしてある意味で英雄的な努力を行ない、プロレタリアートの側に転じた。『母』は、この転換の最も傑出した成果として後世に残されている。(マクシム・ゴーリキー―革命の衛星)

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革命はビザンチン暦を廃止するまえに、まずそれにしがみついている体制を廃止しなければならなかった。(ロシア革命史)

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客観的であるということは、上手に偽善で身を固めて、直接言ってはまずいことを間接的に読者にほのめかしながら友人や敵について語るといった偽りの不偏不党性にあるのではない。この種の客観性は社交上の手管にすぎず、それ以上のものではない。(わが生涯)

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ある階級の課題を別の階級が解決することこそ、後進国に固有の複合的方法の一つなのである。(ロシア革命史)