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トルストイ著『人生論』の節をつぶやくbotです。哲学/思想/幸福/倫理/名言/理性/生命/死/愛 @kassy_jpn

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個人的な幸福と生命の否定は、理性的な存在にとっては、ちょうど、鳥にとって足で歩くより羽で飛ぶのが自然であるのと同じくらい、ごく当然な生命の特徴なのである。 (第八章)

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理性とは人間によって意識される法則であり、人間の生命はそれに従って完成されなければならない。 (第十章)

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理性的な意識がめざめるまではどんな生命もなかったのであり、理性的な意識がめざめる際に過去の生命についての観念が作り上げられたのである。 (第七章)

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ある人々を他よりも好む情熱のはげしさは、誤って愛とよばれてはいるが、そんなものは、真の愛をその上につぎ木して実を結ばせることのできる、野生の若木でしかない。 (第二十三章)

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生命を理解していない人たちには、愛の気分が、生命の本質とは思えず、一生の間に人が味わう他のすべての気分と同様、意志にかかわりない、偶発的な気分に思えるのである。 (第二十三章)

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何世紀が過ぎても、人間の生命の幸福という謎は、大多数の人にとって、やはり未解決の謎でありつづける。にもかかわらず、謎はもうとうの昔に解かれていたのである。 (第十八章)

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だれもがすべてに満足するという未来の黄金時代について、宗教や科学の迷信がどんなに力説しようと、理性的な人なら、時間的、空間的生存の法則が、各人に対するみんなの、各人同士の、みんなに対する各人のたたかいであることを知っているし、認めている。 (第二十三章)

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人間の理性は間違った方向づけをされてきた。もともと生命ではありえない、自己の肉体的、個人的な生存のみを生命と認めるように教えこまれてしまったからである。 (第八章)

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何世紀が過ぎても、人間の生命の幸福という謎は、大多数の人にとって、やはり未解決の謎でありつづける。にもかかわらず、謎はもうとうの昔に解かれていたのである。 (第十八章)

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それは、あらゆる存在が他人の幸福のために生き、おのれ自身よりも他の存在を愛するような状態だ。そういう場合にのみ、お前も他のすべての存在も、みなに愛されるようになるし、お前もその一人として、望みどおりの幸福をさずかることができるだろう。 (第十八章)

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理性的な意識がめざめるまではどんな生命もなかったのであり、理性的な意識がめざめる際に過去の生命についての観念が作り上げられたのである。 (第七章)

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だれもがすべてに満足するという未来の黄金時代について、宗教や科学の迷信がどんなに力説しようと、理性的な人なら、時間的、空間的生存の法則が、各人に対するみんなの、各人同士の、みんなに対する各人のたたかいであることを知っているし、認めている。 (第二十三章)

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たいてい、個我の幸福の否定が偉業であり、美徳であると考えたり、話たりするものだ。だが、個我の幸福の否定は美徳でも偉業でもなく、人間の生命の不可避の条件なのだ。 (第十五章)

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生命を理解していない人たちには、愛の気分が、生命の本質とは思えず、一生の間に人が味わう他のすべての気分と同様、意志にかかわりない、偶発的な気分に思えるのである。 (第二十三章)

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それは、あらゆる存在が他人の幸福のために生き、おのれ自身よりも他の存在を愛するような状態だ。そういう場合にのみ、お前も他のすべての存在も、みなに愛されるようになるし、お前もその一人として、望みどおりの幸福をさずかることができるだろう。 (第十八章)