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@random_laplace

・パソコン関連:自作PCとか自宅サーバとか、目指せハッカー
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ID: 252469199

linkhttp://starfaller.net/ calendar_today15-02-2011 07:45:37

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囲碁は、盤面の石の数を競うゲームである。でも交互に打つんだから基本的には盤面の石の数は同じになってしまう。 相手の石を取った時、初めて盤面の石の数に差が出る。だから囲碁とは「相手の石を囲って取るゲーム」で良い。

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領域(地)を囲うというのは、あくまで盤面に碁石を多く置くためのテクニックである。領域を囲っておいて、最後に自陣に石を埋めていく。 しかしその作業が単調なので「もう実際には石を打たず囲った領域を数えればいいですよね」ということで地を数えることになったのだ。

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これは将棋のルールの変化とよく似ている。 現代ルールにおいて、王将を取ることはできない。頭金を食らったとして、どこかに逃げて金に王を取られるという行程は将棋に存在しない。頭金を食らった時点でプレーヤーが投了するわけではなく、ルール上試合終了なのだ。

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では、王が相手の効き筋に飛び出した場合はどうなるのか? これも、王が取られるのではなく、相手の効き筋に飛び出す手がルール違反であり「反則負け」という形になる。 やはり将棋において王将を取ることは絶対にできないのだ。

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にも拘わらず、将棋はプロ棋士までもが皆 『王様を取るゲーム』 と表現している。 囲碁がこれを真似るなら 『盤面の石の数を競うゲーム』もしくは 『相手の石を取るゲーム』 と表現すべきである。でもそう言ってる人はほとんど皆無だ。囲碁が難しいというのはこの辺に理由があると思う。

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囲碁は将棋に比べると、少数の大口スポンサーに頼るところが大きかったようで、会社の社長とかがめっちゃ金払ってプロ棋士呼んだりしていたそうな。 高齢の政治家にも、囲碁が趣味という人を何人か聞いたことがある。

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小沢一郎と依田が仲がいいとかいう噂も… 正反対な性格に見えるが、逆に相性が良かったりするのだろうか

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現実世界の"流体"は、実際には多数の粒子の集合なので厳密には本当の流体は存在しない。ただし流体力学とは、仮想的な流体を扱う学問であり、現実世界に存在するかどうかは関係ないとする主張もあり。

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囲碁で自由に打てるのは、弱いからだ。 一例として変形ブラックホールは10目弱の損というのがAIの見解らしいのだが、俺にとっては2-30目程度までは誤差も誤差、ないに等しいので打ったとしても損したに入らない。

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プロは中盤でも 「盤面で黒が少しいいぐらいでコミが出ない」 など数目の差をきっちり見極めてくる。 そのレベルではブラックホールした時点で既に敗勢であり、普通は打てない。 囲碁は不自由だな。

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『個性も棋風も聞こえはいいが大半は間違いかもしれない』 我間違える ゆえに我あり(王銘琬) より引用 これ出版されたの2005年なのだよ。囲碁の未来像が見えていたのだろうか。