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ジョージ・オーウェル箴言集

@orwell_jp

George Orwell(1903-1950)イギリス植民地時代のインド生まれ。ビルマ勤務を経てジャーナリストとしてスペイン内戦に従軍。戦後は評論家、作家として精力的に活動。ロンドンで死去。代表作に『カタロニア讃歌』『動物農場』『1984年』他著書多数。

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calendar_today20-10-2012 04:50:24

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当時も今もつよく感じることは、残虐行為の存在を信じるのも信じないのも、一にその人の政治的偏向にかかっているということである。敵の残虐行為は信じ、味方のそれは信じないのである。[スペイン戦争回顧]

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夢を見た。[中略]ひとつは、長いこと恐れていた戦争が始まれば実にほっとするだろうということ。もうひとつは、自分は心の底では愛国者なのであって、味方を妨害したり、不利な行動に出たりせず、戦争を支持し、できれば自分も戦いに加わりたい、ということである。[右であれ左であれ、わが祖国]

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「いいかね。君の関係した男が多ければ多いほど僕の愛は深くなるのだ。わかるね?」「ええ、よくわかるわ」「僕は純潔なんて嫌いだ、善良さも真っ平だ。どんな美徳も存在して欲しくないのさ。どいつもこいつも骨の髄まで腐ってしまえばいいと思うのだ」[一九八四]

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だれでも背中がすりむけたロバに同情できる。ところが、なんらかの偶然にぶつからないかぎり、薪の荷の下にいる老婆の存在に気づくことさえないのである。[マラケシュ]

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最近私は一九一八年から今日に至るまでの残虐行為の一覧表を作ってみたが、どこかしらで残虐行為の起こらなかった年はひとつもなく、しかも左翼も右翼も一様にその事実を認めた例はほとんどひとつもなかった。[スペイン戦争回顧]

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革命が到来した途端にひるんで逃げ出してしまうのは、まさしくユニオンジャックを見て一度も心が踊ったことのないような手合いなのだ。[右であれ左であれ、わが祖国]

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彼らインテリはときによって「主戦」になったり「反戦」になったりするが、いずれの場合にも、現実の戦争がどういうものか知らないのである。[スペイン戦争回顧]

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だれでも背中がすりむけたロバに同情できる。ところが、なんらかの偶然にぶつからないかぎり、薪の荷の下にいる老婆の存在に気づくことさえないのである。[マラケシュ]

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世界中何処でも、自分たちと同じような人間が何億、何十億とお互いの存在さえ知らずに憎悪と虚構の壁に隔てられ、それでいてお互いにひどく似通っているのだ。[一九八四]

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彼は深い眠りに陥りながら呟いた、「正気とは統計的なものじゃないんだ」この言葉の中に、彼は深い叡智が潜んでいるように感じた。[一九八四]

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忠誠心にはその対象をくるりと変える力が内在している、ということ。さらに、愛国心とか軍人に相応しい徳性を人が精神的に必要としている、ということなのだ。こうしたものを左翼の腑抜け共がどんなに嫌おうとも、それらに取って代わるものは、未だに見つかっていない。[右であれ左であれ、わが祖国]

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戦後長い間、軍事問題への知識や関心を少しでも持つと、「進歩的」なグループから疑いの目で見られた。[中略]第一次大戦は無意味な虐殺だとして否定され、戦死した人でさえ、ある点で責任があるとみなされた。[右であれ左であれ、わが祖国]

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当時も今もつよく感じることは、残虐行為の存在を信じるのも信じないのも、一にその人の政治的偏向にかかっているということである。敵の残虐行為は信じ、味方のそれは信じないのである。[スペイン戦争回顧]

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彼は深い眠りに陥りながら呟いた、「正気とは統計的なものじゃないんだ」この言葉の中に、彼は深い叡智が潜んでいるように感じた。[一九八四]

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イギリスの支配は強大な専制であり、屈服した諸民族の意思を未来永劫に圧迫するものであるという考えを心のどこかに抱きながらも、一方では、この世で最高の喜びは坊主共の腹に銃剣をぶちこんでやることだろう、などとも思うのであった。こうした感情は、帝国主義の典型的な副産物である。[象を撃つ]

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軍隊生活の本質的なおぞましさ(というのが何を意味するか、軍隊にいたことのある者ならだれでもわかるだろうが)は、どんな戦争を戦っているかということとはほとんど関係ない。[スペイン戦争回顧]

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自分の体を使って働いている人はみな、どこか目につきにくい。そして仕事の中身が重要であればあるほど、ますます目につかなくなる。[マラケシュ]

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夢を見た。[中略]ひとつは、長いこと恐れていた戦争が始まれば実にほっとするだろうということ。もうひとつは、自分は心の底では愛国者なのであって、味方を妨害したり、不利な行動に出たりせず、戦争を支持し、できれば自分も戦いに加わりたい、ということである。[右であれ左であれ、わが祖国]