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Komon 古の八丈島

@komon_jo

島で逞しく生きた古き人々の思いを後世に多少でも残せればということで、浅学ながらも、八丈島の古文書を読んでいます。
八丈島/古文書/歴史/文化/伊豆諸島  Hachijo island

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calendar_today02-08-2024 00:17:58

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私もこれがどこにあるか知りたかったので教えていただきありがとうございます。 江戸にどんぶらこと渡って御開帳されたものがこれですね? コロナの時も、お江戸で御開帳されないかなと期待していました。(ほとんど噂にもなりませんでした)

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中年なのに、大学生に交じって学生やってます。 今日は一つ発表したら。 下手とかそんなのどうでもよっきゃ。 終ったことが嬉しきゃ。

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旧石器時代に、神津島の黒曜石、 八丈島にも来ているし、長野県にも行っているの、古代の神秘。 八丈島で出土した黒曜石は、流石に神津島産のみなのかと思う(資料館にある黒曜石をチェックしたい)。

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伊豆大島の資料館に行ったときに聞いた説明で、 伊豆諸島でも新島の並びの島は砂が白く、 大島から八丈の並びの島は砂が黒いのは、 噴火の温度が違ったから、と。 確かに、伊豆諸島でも新島周辺は白く、 八丈や伊豆大島は黒い砂。 「噴火の温度」って人生で考えないワードだなと。

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日本の神様は怨霊出身も結構いますね。 八丈小島にもその手の話があります。 お薬金次郎という大暴れした流人が祟り、巫女が祭るのを勧めたから祭ったら大漁になったとかいうのがあります。 八丈島で新神というのを聞いたことがあるのですが、もしかしてこの金次郎?と思ったりしてます。

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カナヤマサマ(金山様)を調べている。 文献をみると、大抵、八丈島で多く祭られているとあるのだけれど、我が家とは縁がなかった神様なのかもしれない。 何故なら古い祖父母の家でもそれらしいものを見たことないから。 三根の旧家ではみたことがある。

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八丈島には和讃を唱えながら数珠繰りする文化があるのだけれど、『八丈實記』にも『八丈島誌』にも記載がない。 私は30年ほど前、和讃の本が読みづらいから、ワープロで入力し直したのだけれど、打ち直したものも見つからない。 謎多き数珠繰りの文化。

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次のレポート課題が発表された。 先生、前のレポートもまだ読み切ってないと話されている。私のレポートは瞬時に読んで、感想までいただいているにも関わらず。 これはつまり、島の民俗は面白いから? 率先して読んでくれてる? 皆様のお陰でおじゃろわ☺️ ありがたきゃ😊

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逆に高級車みると、島では心配になります。すごい勢いで錆びますので。 以前、伊豆大島の友人から車を購入し、本土で自力でナンバープレートを変更しようとしたら、凄い錆。教習所の方々数人と四苦八苦してどうにか変更しました。 品川ナンバーでも錆度合いが本土と違いますね😌

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小学生の時の社会、地元の学習ということで「わたしたちの八丈島」が教材でしたが、一応都民な為か「玉川上水の歴史」も。 遠く八丈島で玉川上水の作り方をじっくり学んだので、大人になってから玉川兄弟の銅像も見学にいきました。

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ありがとうございます。 八丈の三根(みつね)地区は昔、三峰、三峯、三ツ根とも表記されることがあったので、三峰神社とは縁がありますね。

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八丈の踊りは、江戸時代からの伝統があると思われる。 関東近県の学生さんと話したら、エイサーやソーラン節などを踊り、皆、特別地元の踊りなど全く知らないらしい。(最近の県の踊りは踊るとか) 八丈島、伝統が本当に残っていることに驚く。

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八丈島の年貢は絹織物”のみ”。 江戸時代を通してずっと八丈絹(紬・黄八丈)を納めていた、というのは、とても珍しいらしい。 一般的には年貢=米。

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あけましておめでとうございます。 今年も皆さまにとって良い年になる様お祈りいたします。 私は1月はテスト尽くし。勉強頑張ります。

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たまたま読んでいた本に「八丈島などは『流人の島』ではあったが、流人だけが暮らしていたわけではない。島民たちには島民たちの経済があった」とありました。 島民の中での流人の割合は多い時で2-3%位、初期は本当に極数人という感じで、江戸時代でも圧倒的に島民の方が多いです。

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宝暦事件という、江戸時代中期に尊王論者が弾圧された事件があって、「竹内式部」は八丈島流罪。 これは教科書にも載る有名な事件なのに、八丈島で 竹内式部が知られていないのは、途中の三宅島で帆待ちしている間に病没しているからです。 流人銘々伝など流人のリストの中には記載があります。