（覆された宝石）のやうな朝　何人か戸口にて誰かとさゝやく　それは神の生誕の日。（Ambarvalia「天気」）

この青ざめた　コンクリートの野原を　さまよう脳髄の戦慄は　生物の宿命の哀愁だ（鹿門「アポカリプス」）

三寸程の土のパイプをくはへた　どら声の抒情詩人　「夕暮のやうな宝石」　と云つてラムネの玉を女にくれた（旅人かへらず　二三）

人もゐない　ミュウズもゐない　廃園の傾斜に曲がる巴旦杏の樹の股に　七絃琴の吊らる　小鳥の糞のかかる（あむばるわりあ「林檎と蛇　11」）

何者かの投げた　宝石が　絃琴にあたり　古の歌となる（旅人かへらず　一二八）

夏の終りに薔薇の歌を歌つた　男が心の破滅を嘆いている（近代の寓話「冬の日」）

なでしこの花の模様のついた　のれんの下から見える　庭の石　庭下駄のくつがえる　何人もゐない　何事かある（旅人かへらず　一〇七）

方向の滅亡したところに永遠がある　方向のなくなるところに　神のめぐみがある永遠がある（失われた時I）

入口の階段に　石に刻まれた若き恋人の　抱擁の中から苔のさがり　黄色い菫の咲く　春のせつなさ（旅人かへらず　一六四）

明日は恋なきものに恋あれ、明日は恋あるものにも恋あれ。（Ambarvalia「ヴィーナス祭の前晩」）

赤煉瓦の建物のバルコニーで　夕暮の空をながめて　アイルランドの百姓の幽霊　ばかり思いつゞけた。（第三の神話「自伝」）

むらさき水晶　恋情の化石か（旅人かへらず　一二九）

よく見ると帆船の近くに　イカルスの足が見える　いまイカルスが落ちたばかりだ（第三の神話「第三の神話」）

「ジュテーム」　とテーブルにつもるほこりの上に　指で書いてあつた　誰だ　女中さんか。（近代の寓話「呼びとめられて」）

失う希望もない　失う空間も時間もない　永遠のうら側を越えて　違った太陽系の海へ　洗礼に行くのだ（失われた時IV）

石に刻まれた髪　石に刻まれた音　石に刻まれた眼は永遠に開く。（Ambarvalia「眼」）

ねむれよ可愛さうな幼児よ　おれは地球の廻転を止めるであらう　おれは君の涙が錆びさせた　月の連釬に油をひくであらう（Ambarvalia「恋歌　イヴアンよりクレールへ」）

ばらといふ字はどうしても　覚えられない書くたびに　字引をひく哀れなる　夜明に悲しき首を出す　窓の淋しき(旅人かへらず 一一)

ウィスラーの水彩画を　階段の上につるために　金物屋をさがしに　つたの葉を吹く存在の　失望の旅人のあとをしたつて　進歩のくらやみを歩いた（豊饒の女神「二月」）

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