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詩人・長田弘(おさだ ひろし)の言葉 非公式bot

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calendar_today05-04-2014 23:51:50

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「そのなか」にいると、「そのなか」にいる自分に気づきません。「その外」にでてはじめて、人は自分が「そのなか」にいたということに気づきます。

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人は「その外」にでてはじめて、「そのなか」にいたときにはわからなかった自分の心が、自分に見えてきます。そうして、自分が「そのなか」で育った母語の温かさが、自分の心の体温にほかならないということに気づきます。

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自分にとってかけがえのないものが教えてくれるのは、もっとも身近なものこそ、もっとも気づかれない、もっとも大切なものだという秘密です。

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あたりまえに、何でもないように、毎日している、ごくささやかな毎日の習慣が、どんなに人のこころをしっかりとつないでいるか、わたしたちはふだんは、めったに思いだすこともありません。

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しかし、あたりまえに、何でもないように、毎日してきたことが、突然できなくなれば、人のこころはあっという間に、ひどくもろいものに変じてしまいます。

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おおきく息を吐いて、目を閉じる。どこにもゆかない。何もしない。ただそれだけで、一日をきれいに過ごす。木を見る。空の遠くを見つめる。─── よい一日以上のものを、わたしはのぞまない。 【人生の午後のある日】

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炎天下に、そのたびに、立ちどまって、夏の花たちの前で、黙って見つめた。見る。ただそれだけだ。花を見ることは、花たちと話すことだった。徒(いたず)らにことばで語ってはいけないのだ。花たちのように、みずからの在り方によって語るのだ。 【花たちと話す方法】

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記憶は、過去のものではない。それはすでに過ぎ去ったもののことではなく、むしろ過ぎ去らなかったもののことだ。とどまるのが記憶であり、じぶんのうちに確かにとどまって、じぶんの現在の土壌となってきたものは、記憶だ。

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記憶という土の中に種子を播いて、季節のなかで手をかけてそだてることができなければ、言葉はなかなか実らない。じぶんの記憶をよく耕すこと。その記憶の庭にそだってゆくものが、人生とよばれるものなのだと思う。

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もう欲しいものはないのだ。いらないものしか欲しくないのだ。それがゆたかさだと、きみたちはいう。きみたちはまちがっている。ゆたかさは、私有とちがう。むしろ、けっして私有できないものだ。私有できないゆたかなものをわれわれは、どれだけもっているか?

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語る言葉は、話し言葉、喋る言葉とはちがう。語る言葉に際立って特徴的なのは、語ることのたやすさよりも、むしろ語ることのもどかしさだ。語るとき、ひとは、そのもどかしさをとおしてしか語れないようなものを、みずから語ろうとする。語る言葉でひとが語るのは、じつは語りえぬものでしかない。

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語る言葉が語るのは、けっして語る言葉の意味するものだけではないのだ。語る言葉が語るのはただ一つ、語る人の姿勢なのだ。

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ひとの語る言葉は、とんでもないたくさんの無意味さと一緒に成り立っていて、無意味さをふくむその全体において、はじめておおきな一つの意味をなしている。

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つねに新鮮な関心をそそられるもの。それはそこで語られるものではなくて、そこでついに語られないもの、まだ語られていないもの、そこでとうとう語られなかったものは何か、ということだ。

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歴史というのは、なにも名だたることではありません。平凡な日々からなる人生が、それぞれにとっての歴史です。

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どんなに一本の線のように見えても、人の生涯はたくさんの屈折をひそめている。人の生涯は、しばしばそのように語られます。けれども、実際はその逆で、たとえどんなにたくさんの屈折をひそめていようとも、人が後に残すものは、結局その人の生きすじをありのままにしめす、一本の線のような人生です。