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森野狐| Morino Kitune

@foxkonkonkitune

絵を描く、文章を書く、お話をかく。I draw, I write, I tell a story🦊

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速度 (@no343d55) 's Twitter Profile Photo

ゾロリせんせ、オラ思うだ 「魚は落下を知らない」って 魚は死の淵にあってはじめて落下を経験するだ オラたちが「浮上」と呼ぶ墜落を

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この世の喜びよ-井戸川射子 若さは体の中にずっと、降り積もっているの、何かが重く重なってくるから、見えなくなって、とあなたは言う。若いってただ、懐かしいだけなの、思わず少女の手を握る。 思い出すことの切なさと優しさに気付く作品。

この世の喜びよ-井戸川射子

若さは体の中にずっと、降り積もっているの、何かが重く重なってくるから、見えなくなって、とあなたは言う。若いってただ、懐かしいだけなの、思わず少女の手を握る。

思い出すことの切なさと優しさに気付く作品。
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読んだ。ナイン・ストーリーズ。サリンジャー。 意味のわからない行動が多いのに、確かに映像で見える。本当に不思議な作家だ。 そしてどうしようもなく翻訳日本語がすき。

読んだ。ナイン・ストーリーズ。サリンジャー。

意味のわからない行動が多いのに、確かに映像で見える。本当に不思議な作家だ。
そしてどうしようもなく翻訳日本語がすき。
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狐の小説は、狐自身の面白さを超えられてないって言われて嬉しかったからもう少し私小説を書こう。。。

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すごくいい人でも、その人の書いている文章とか、使う言葉とか、好きな作品を好きになれなかったら、無理だな。。。って思っちゃうことありませんか? 偏屈すぎるなぁ

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ただ、クルミが好きなだけで、私を肯定してくれたあのおじさんのように、私も『スキ』を誰かと快く共有できる人になりたい。 文化の脱獄兵 | 奈倉有里

ただ、クルミが好きなだけで、私を肯定してくれたあのおじさんのように、私も『スキ』を誰かと快く共有できる人になりたい。
文化の脱獄兵 | 奈倉有里
本ノ猪 (@honnoinosisi555) 's Twitter Profile Photo

「不幸からぬけ出した人でも、魂の底まで永遠に傷つけられていれば、まるで不幸がその人の中に寄生虫のように住んでいて、思いのままにその人をみちびいているかのように、もう一度不幸の方へ押し進めるものが残っている。」(シモーヌ・ヴェーユ著、渡辺秀訳『神を待ちのぞむ』春秋社、P112)

「不幸からぬけ出した人でも、魂の底まで永遠に傷つけられていれば、まるで不幸がその人の中に寄生虫のように住んでいて、思いのままにその人をみちびいているかのように、もう一度不幸の方へ押し進めるものが残っている。」(シモーヌ・ヴェーユ著、渡辺秀訳『神を待ちのぞむ』春秋社、P112)
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「愛することができる人は、普遍的な愛をひとりの人に向ける。自分にも相手にも自律性を保つことの同意は、本質的に普遍的なものだ。自分以外の人にも自律性を望むや否や、すべての人にそれを望むようになる。」(シモーヌ・ヴェーユ『神を待ちのぞむ』春秋社、P195) amzn.to/4m9oVzt

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「「社会」のなかに、完全に他者を「理解」してしまう人がいたとしたら、その人はきっと生きていけない。その「理解」をどこかで止めることで、つまり、人を「理解」できないことで、私たちはなんとか他者とともに生きていられる。」(奥村隆『他者といる技法 コミュニケーションの社会学』P277)

「「社会」のなかに、完全に他者を「理解」してしまう人がいたとしたら、その人はきっと生きていけない。その「理解」をどこかで止めることで、つまり、人を「理解」できないことで、私たちはなんとか他者とともに生きていられる。」(奥村隆『他者といる技法 コミュニケーションの社会学』P277)
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「「この世」に居場所がない人が「あの世」に行くしかないなんて、それしかないわけないでしょうと。「この世」と「あの世」の間の、「その世」みたいなシェルターに一回避難して、また「この世」に戻ってくればいいんじゃないか。」(ヨシタケシンスケ『だったらこれならどうですか』白泉社、P86)

「「この世」に居場所がない人が「あの世」に行くしかないなんて、それしかないわけないでしょうと。「この世」と「あの世」の間の、「その世」みたいなシェルターに一回避難して、また「この世」に戻ってくればいいんじゃないか。」(ヨシタケシンスケ『だったらこれならどうですか』白泉社、P86)