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千坂恭二(Kyoji Chisaka)

@chisaka_kyoji

思想・文学・芸術(日独、他)。古希を過ぎたので、果報は寝て待っている。
『哲学問答2020─ウィルス塹壕戦』(現代書館)
『歴史からの黙示・アナキズムと革命』(航思社)
『思想としてのファシズム─「大東亜戦争」と1968』(彩流社)。
バクーニン、ユンガーの他、対談・トーク、箴言関連の単著を予定。

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どうすれば楽観的になれるのか。そこには性格や気質もあるが、私の場合は自分の人生に目的を持たないことだった。何かになりたいとか、どのような職業に就くかとか、将来こんなことをしたいとか、そういうものは何もなかった。すると目の前に現れる「今」が、唯一の生の時として現れ、重要になる。

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シュティルナーは、自我を強調し、独我的自我主義を提示した。しかし、彼がいう自我は、文字通り自我としてあるわけではない。「無の上に据えた」といわれるように、それは無の上に在り、無としての自我でもあり、自我となった無でもある。そして唯一的ということで普遍に繋がる個別とも異なる。

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ランボーがボードレールから示唆を受けた見者となるには楽観性が必要だ。なれるだろうという楽観がなければ見者など何の可能性もない。ユンガーは戦場体験を通して見者になろうとし、なったといえる。それが時代の地震計といわれた身上だが、そのためにシュティルナーを参照しているのは小さくない。

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もう一つ、楽観的になる秘法は無責任になることだ。だが誤解してはならない。社会的に無責任になるのではなく、存在論的に無責任になるということだ。つまり無責任だが、無責任であることにメタ責任を持つとでもいえようか。すると現世的な存在の属性から解放されるだろう。

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凡庸というと批判的、否定的に見られる。ある思想とか作品のようなものならそうかもしれないが、現実となるとどうだろうか。現実は凡庸であり、凡庸でなければならないのではないか。それは多くの人間がいるからであり、鋭角的なものは棘になるのだ。だから凡庸も様々で深淵な凡庸もあるかもしれない。

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イタリアのファシズムは、第二次大戦の前にエチオピアに侵攻しているが、本国から遠く離れたエチオピアを勢力圏に置く目的は何だったのか。政治的にも経済的にも得るところは少ないだろう。単なる威信の発揚だけなのか。

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思想と運動を見ると、同時代的には運動の方が評価され、後世からは思想が評価の基準とされる。同時代的には、現実としての運動が、文字通り現実としてあるが、後世においては運動の現実は過去の歴史事象と化しており、その現実は思想からしか辿れないからでもある。

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2017年8月24日 人種主義は、ナチスの専売特許ではなく、いかなる思想にも存在する。例えば、反ユダヤ主義の場合、カトリックがそうであり、左翼もそうだった。

2017年8月24日
人種主義は、ナチスの専売特許ではなく、いかなる思想にも存在する。例えば、反ユダヤ主義の場合、カトリックがそうであり、左翼もそうだった。
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2018年8月24日 ユンガーは、ナチス時代初期に、それぞれゲシュタポに逮捕されたアナキストのエーリヒ・ミューザムと、ナショナル・ボルシェヴィキのエルンスト・ニーキッシュの家族を保護している。

2018年8月24日
ユンガーは、ナチス時代初期に、それぞれゲシュタポに逮捕されたアナキストのエーリヒ・ミューザムと、ナショナル・ボルシェヴィキのエルンスト・ニーキッシュの家族を保護している。
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2018年8月24日 · プライバシー設定: 公開 マルクス・エンゲルスの『ドイツ・イデオロギー』の本論の半分以上はシュティルナー批判だ。

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プライバシー設定: 公開
マルクス・エンゲルスの『ドイツ・イデオロギー』の本論の半分以上はシュティルナー批判だ。
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2019年8月24日 自国批判をする左翼の問題点は、批判する自己は何処に、どのような根拠で存在するのかということだ。

2019年8月24日
自国批判をする左翼の問題点は、批判する自己は何処に、どのような根拠で存在するのかということだ。
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2020年8月24日 1970年代頃から盛んに、外部とか外ということがいわれはじめた。しかし外部とは何なのか。また外部は在るのか。

2020年8月24日
1970年代頃から盛んに、外部とか外ということがいわれはじめた。しかし外部とは何なのか。また外部は在るのか。
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2021年8月24日 ランボーは家出少年としても知られ、ユンガーも10代の頃にアフリカへ行くために家出をしているが、家出ということでいえば、1970年4月の私の反安保闘争のための東京行きは文字通り身一つでの家出だった

2021年8月24日
ランボーは家出少年としても知られ、ユンガーも10代の頃にアフリカへ行くために家出をしているが、家出ということでいえば、1970年4月の私の反安保闘争のための東京行きは文字通り身一つでの家出だった
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2021年8月24日 東京では、世田谷の若林や目黒の東が丘から始まり、千葉の下総中山、文京の水道、東武練馬、国分寺東元町、国分寺富士本、杉並の久我山、西新宿その他と、生活の変化に応じてよく引っ越したが、

2021年8月24日
東京では、世田谷の若林や目黒の東が丘から始まり、千葉の下総中山、文京の水道、東武練馬、国分寺東元町、国分寺富士本、杉並の久我山、西新宿その他と、生活の変化に応じてよく引っ越したが、