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奥山淳志

@atsushibenzo

写真家。 主な著作は『弁造 Benzo』、『BENZO ESQUISSES 1920-2012』(私家版) 、『庭とエスキース』、『動物たちの家』(ともにみすず書房)など。伊奈信男賞、日本写真協会新人賞、東川賞・特別作家賞、岩手県芸術選奨、林忠彦賞などを受賞。撮影・執筆承ります。

ID: 192474048

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春の雪で濡れた小鳥は瞼を閉じ、僕の手のひらのなかで静かに呼吸していた。  「キバシリ」だった。樹皮の隙間に潜む小さな虫を探し、樹の幹を縦横に動き回る姿は名前の通りで、僕が暮らす雫石の森ではよく見かける小鳥の一種だった。とはいえ、こうやって間近で見ることは初めてだった。

春の雪で濡れた小鳥は瞼を閉じ、僕の手のひらのなかで静かに呼吸していた。

 「キバシリ」だった。樹皮の隙間に潜む小さな虫を探し、樹の幹を縦横に動き回る姿は名前の通りで、僕が暮らす雫石の森ではよく見かける小鳥の一種だった。とはいえ、こうやって間近で見ることは初めてだった。
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弁造さんと二人でドライブするようになった。弁造さんが逝ってしまう数年前ぐらいからだったから、弁造さんの人生のなかでは最晩年と呼べる時期の頃だ。

弁造さんと二人でドライブするようになった。弁造さんが逝ってしまう数年前ぐらいからだったから、弁造さんの人生のなかでは最晩年と呼べる時期の頃だ。
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新しい季節を迎えるたびに弁造さんのことを思い起こす。弁造さんに会いに行く旅をはじめたのは僕が25歳のときで、弁造さんは78歳だった。僕が暮らす岩手の雫石から弁造さんが暮らす北海道の新十津川まで。僕はめぐる季節のなかで新しい季節を迎えるたびに弁造さんを訪ねた。だからだろうか、陽射しの強

新しい季節を迎えるたびに弁造さんのことを思い起こす。弁造さんに会いに行く旅をはじめたのは僕が25歳のときで、弁造さんは78歳だった。僕が暮らす岩手の雫石から弁造さんが暮らす北海道の新十津川まで。僕はめぐる季節のなかで新しい季節を迎えるたびに弁造さんを訪ねた。だからだろうか、陽射しの強
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いつかの春。弁造さんとさくらんぼの木を植える。 弁造さんは「わしがこの木の実を食うことはないんじゃ。わしはもうすぐおらんようになるんじゃから」と嬉しそうに笑っていた。 『庭とエスキース』みすず書房から遠く離れて

いつかの春。弁造さんとさくらんぼの木を植える。
弁造さんは「わしがこの木の実を食うことはないんじゃ。わしはもうすぐおらんようになるんじゃから」と嬉しそうに笑っていた。

『庭とエスキース』<a href="/misuzu_shobo/">みすず書房</a>から遠く離れて
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列島のあちこちから桜の開花の知らせが届く。場所によってはすでに散ってしまったかのようだ。    東北に長く暮らすうちに桜に対する印象が変わったことに気づく。桜はいつも言葉で伝えられるからだ。

列島のあちこちから桜の開花の知らせが届く。場所によってはすでに散ってしまったかのようだ。
 
 東北に長く暮らすうちに桜に対する印象が変わったことに気づく。桜はいつも言葉で伝えられるからだ。
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写真を始めた頃から撮影済みのフィルムの管理がうまくできない。理由は、写真を撮るという行為が記憶の延長にあるからだと感じている。

写真を始めた頃から撮影済みのフィルムの管理がうまくできない。理由は、写真を撮るという行為が記憶の延長にあるからだと感じている。
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弁造さんの庭は丘の上にある。  急角度で降っていく崖の下を指差し、「遠い時代のことなんだじゃが、下には石狩川が流れておったんじゃ」と弁造さんが教えてくれたのは初めて会った日のことだった。

弁造さんの庭は丘の上にある。
 急角度で降っていく崖の下を指差し、「遠い時代のことなんだじゃが、下には石狩川が流れておったんじゃ」と弁造さんが教えてくれたのは初めて会った日のことだった。
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はじまりはいささか退屈な印象だった。 綴られているのは、1944年、太平洋戦争終結の前年の東京に生まれた著者の人生の記憶。  冒頭は戦後の幼少期の思い出話から始まる。だからなのだろうか、その内容には、まるでNHKの連続テレビ小説を見るような既視感を覚えた。

はじまりはいささか退屈な印象だった。
綴られているのは、1944年、太平洋戦争終結の前年の東京に生まれた著者の人生の記憶。
  冒頭は戦後の幼少期の思い出話から始まる。だからなのだろうか、その内容には、まるでNHKの連続テレビ小説を見るような既視感を覚えた。
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西に暮らす人からすると少し驚きかもしれないが、僕が暮らす岩手の雫石ではようやく春が始まろうとしている。 桜が咲き始めたのは先週の中頃。列島各地での散りゆく桜の姿が伝えられるなか、桜の木々は忘れ物に気づくかのようにふわりふわりと薄紅色の花びらを開かせた。

西に暮らす人からすると少し驚きかもしれないが、僕が暮らす岩手の雫石ではようやく春が始まろうとしている。 
    桜が咲き始めたのは先週の中頃。列島各地での散りゆく桜の姿が伝えられるなか、桜の木々は忘れ物に気づくかのようにふわりふわりと薄紅色の花びらを開かせた。
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春の庭の午後。 動物たちがそこにいることで風景のなかに温度が生まれる。 『動物たちの家』みすず書房から遠く離れて

春の庭の午後。
動物たちがそこにいることで風景のなかに温度が生まれる。
『動物たちの家』<a href="/misuzu_shobo/">みすず書房</a>から遠く離れて
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草がそよぐ畦道をリュウと弟猫のアーちゃんが歩く。 猫たちはリュウと散歩をするのが日課になっていて、のんびりと歩くリュウの隣を同じ歩調で歩いた。 リュウと猫たちが向かうのは、人が去ったあとの動物たちの家。柔らかな毛並みで全身を包んだ生命たちだけで暮らす家だった。

草がそよぐ畦道をリュウと弟猫のアーちゃんが歩く。
猫たちはリュウと散歩をするのが日課になっていて、のんびりと歩くリュウの隣を同じ歩調で歩いた。

リュウと猫たちが向かうのは、人が去ったあとの動物たちの家。柔らかな毛並みで全身を包んだ生命たちだけで暮らす家だった。
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2020年の秋にリュウは逝き、僕の前からぷいっと消えてしまった。 以来、僕はリュウとの日々を思い起こすために、ときどきスマートフォンのアルバムを開いては眺めるようになった。 やがて僕はリュウとの出会いの記憶を辿るようにそれらの写真を編みはじめた。

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子供の頃から犬と生活してきたけれど、リュウほど穏やかな性格をした犬と出会ったことがない。 決して幸せとは言えない生涯を送ってきたリュウだったが、怒りなどどこかにポイと捨ててきたような穏やかな表情で僕を迎えてくれた。

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シルクロードの西方、ウルムチの草原で一週間ほどの日々を過ごした。夏至に向かって勢いを増す太陽は、果てしなく広がる大陸の大地を隅々まで照らしながら、青く澄んだ空の端から端までをゆっくりと渡った。

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北欧暮らしの道具店さんのメディアで『庭エスキース』をご紹介いただきました。 まさに思いがけずと言ったところですが、こうして弁造さんが探した「生きることの探求」の記憶が、誰かの胸の奥に届く事は本当に嬉しいことです。

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北欧暮らしの道具店さんのラジオでご紹介いただいたことで、『庭とエスキース』を読んだというお声をたくさんいただいている。なかには便箋を何枚に使っての感想を届けてくださる読者の方もいる。僕は間違いなくこの本の作者であるけれど、どこか不思議な思いでこうしたご感想を受け止めている。